梶井基次郎「夕凪橋の狸」

     梶井基次郎の作品で、「檸檬」「櫻の木の下には」「城のある町にて」など、代表作とされる作品とはだいぶ趣が違うが、以前から気になっている作品がある。彼の作品にしてはめずらしく物語性に富んでいて、完成度は高いのに、欠けている部分があるため習作とみなされ、文庫本の梶井基次郎集や、文学全集の「梶井基次郎」――たいてい他の作家との抱き合わせであるが――には収録されていない。管見の限りでは、収録されているのは筑摩書房ちくま日本文学全集梶井基次郎」だけである。それは「夕凪橋の狸」だ。

 

私といふ恥多い者にもこの様な憶い出がある。十幾年といふ昔の話であ 

 る。

 

 という文章で始まるこの作品は、「私」と二人の弟と、両親の物語である。梶井には姉、兄、三人の弟がいたがすぐ下の弟は大正二年に十歳で死亡しており、

物語に登場するのは他の二人の弟かもしれない。ただし、梶井がこの作品を書いたのは二十四歳のときだから、「十幾年という昔の話である。」というのは完全なフィクションである。

 季節は「冬か初冬だつたと思ふ。寒い時候だつた。」と設定されている。

 幼い二人の弟が遊びにでたまま、夜になっても帰らない。「私」には心配を募らせる母親の気持ちが手にとるように見えてしまう。やがて「探しに行っておくれ」と言い出すに違いないと、だんだん依怙地になってゆく「私」自身の気持ちの動きがよく描けている。

 父親の会社へ行ったかもしれないと、会社に電話したが行ってはいない。父親は「次郎(私)に探させろ」と言ったという。「腹がすいている」と時間かせぎの口実をつけると、母親は「だからご飯も用意してあるから」と、周到な母親にまたむかっ腹をたてて、次郎は「誰が食ってやるか」と家を飛び出してしまう。

 ○○さんのところや××堂にはいない。○○神社のほうへ歩いているときに、空腹で飛び出してきたものだから、にぎやかな通りの小料理屋の格子から流れてくる湯気や醤油のにおいに刺激されて、もう彼らは家に帰っているかもしれないという気持ちがわいてくる。「帰っていたら、いきなり撲ってやる」と思いながら帰ってみると、弟たちはまだ帰っておらず、会社から戻った父が夕食の膳についていた。鍋から温かい湯気が立っている。次郎が飯を食わずに家を出た事を知らない父は、もう一度探しに行けと言う。次郎は当然猛反発をするわけだが、簡単に父親に追いつめられてしまう。この辺の描写が大変おもしろい。

 

 「さきにご飯を食べさせて貰ひます。」

 「なんだ、御飯はあとにして直ぐ行つておいで。」 

 「お腹がへつてるんです。」

 「それぢゃ二郎(ママ)や三郎(ママ)はどうなんだ。あれらも腹を空かせてるぢやないか。」

 「それは勝手です。」

自分ながら云い切ったなと思った。

父が見る見る目に角をたてるのを母は制しながら、さっき食つてゆけと云 

 ったのを食わずに行つたのだからと云つて飯の用意をして呉れた。

私は意地わるくそれを見ながら、うんとこさ食ってやれと思ってゐた。

 

 次郎が食べ始めたころに、二人は帰ってきた。往復五里以上もある築港へ見に行ったのだという。

 

築港も此頃は随分家も立つてゐるが、その頃の築港はずつと淋しいものだ

 つた。電車は通じてゐたが一里程の間は停留所の附近に少々人家があるだけ

 で、あとは埋立地だとか、水たまりだとか、蘆が一面に生えてゐた。そこへ

 鴨が來るので鴨が出來た。それ程淋しかった。それからそんな蘆原をへだてゝ、港の方に高いガントリー・クレーンが見えてゐたり、六甲山がずっと見渡た(ママ)されたりした。そんな所の暮れ方が十や七つの兒供にはどれ程おそろしかつただろう。

 

 以前からねだっていたのに築港行きを許してやらなかった父母への反感や、  二人の弟への同情とともに、泣きじゃくっている四郎に対しては「然し四郎甘えてやがるな。」という感情が次郎の中に芽生える。

 

年も少(小)さく末っ兒ではあり、みなに可愛いがられている故か、四郎の、

 大きな泣聲で直ぐ父母の懐の中に飛び込んでいくという風の叱責を豫期して

 〔ゐ〕ない、そしていぢけてゐない、無邪氣なやり方は大低〔抵〕の時は氣

 持のいゝものであつたが、今の場合はそうではなかつた。常から四郎に比べ

 ては甘やかされてゐない三郎が、たとへ、その脱出について責任があるとは

 ゐへ涙一粒出さずに父の前で神妙に裁かれてゐるのを見ると、私の同情は寧

 ろ三郎にあつた。

 

 夕凪橋は築港へ行く途中の最も淋しい場所にあり、狸が出て悪さをするという話を父の友人が兄弟たちにしたことがあった。初め次郎は、夕凪橋を通ったときの気持ちを聞いてみたいと思って四郎を部屋に呼んだのだが、四郎の顔を見たとたんに考えが変わって、「此奴(コイツ)め、一つ威してやらう。」という気になってしまう。叱責に耐えた三郎と安全な場所で泣きじゃくっていた四郎とのバランスをとってやろうという意図があったのだが、

 

その威しをその後憶ひ出す度毎に私はいつも自分ながら恐怖に打たれるの

 が常である。

 

と梶井は書いている。

 いよいよ夕凪橋の狸の登場であるが、一部分だけ抜粋紹介して梶井文学の本質をそこなうことを怖れるので、要約して紹介することにしたい。冒頭に述べたちくま日本文学全集は、小型本で安価でもあるので、読者はぜひ原文を読んでいただきたい。

 四郎が部屋に入ってくると、次郎は「俺は夕凪橋の狸だぞ」と言って、目をぎょろっとさせた。「やーい、いつてるよ」と四郎が笑うのを見て、次郎の方がこのもくろみにのめり込んでいってしまう。さまざまに表情を変えながら四郎を追いつめていくと、四郎の顔色も変わってくる。このところを梶井は、

 

私は四郎の顔が少し異様な輝きを帯びて來たのを見たと思つた。

 

と独特の描写をしている。

 「お母さんに云いつけてやるよ。」と部屋を出ていこうとする四郎の帯をつかんで引き戻すと、四郎が泣きわめきながら次郎の顔をかきむしった。

 

私はその少(小)さい手と薄い爪が縦横にはしりまわ(ママ)る下で考へてゐた。「あ

 んなことがうまく行ったら大變だった。大變だった。」

 

 さきには思い出すたびに恐怖にかられるといい、今またうまくいったら大変 

だったという。この意味を考えたい。

 梶井は四郎の世界の変容いや崩壊をいいたいのだ。「うまくいったら」四郎の中に次郎は存在しなくなってしまう。

 もし狸に化かされているとしたら、それは次郎との関係だけではない。三郎も狸、父も母も狸なのである。幼い四郎の頭の中にそんな懐疑が生じたら「そんなことはない」と四郎を納得させられる者はいない。

 いつか次郎は、四郎の寝床の中にやせおとろえた小さな狸を見出すことになったかもしれない――そう、「夕凪橋の狸」は梶井基次郎の「変身」なのだ。

 

 日常の中にぽっかりと口を開けた得体の知れない不吉な深淵――梶井はいくつかの作品の中でこれをえがいている。

 

【注】 本文中の〔〕や()、ルビは梶井基次郎全集(筑摩書房昭和三十四年        

二月十五日発行)による。また傍線は原文旧字体のもの。