訳者あとがき

 十年ほど前に朝日新聞の書評欄に柴田元幸氏の「むずかしい恋」が紹介されていたのを、図書館で借りて読んだ。翻訳短篇小説集だったが、特にグレアム・スイフトの「ホテル」の、父娘の「むずかしい恋」という意表をつく展開が、翻訳の力もあるだろうが、おもしろかった。グレアム・スイフトのことは何も知らなかったので、調べてみると、「ウオーターランド」「最後の注文」など、長編の翻訳も出ている。また「秘密」という作品は映画にもなっている。この作家のほかの作品も読みたくなって、アマゾンから購入したのが“Leaning to Swim”である。“HOTEL”のほか10の短篇は、私の語学力不足もあろうが、おもしろさが伝わってこないものが多かった。そのなかで、“THE HYPOCHONDRIAC”は、患者の幽霊という陳腐になりがちな題材を、歳の離れた医師の夫婦の物語とからめておもしろく描いていた。ちょうど私はある短篇小説を書いていて、それが行き詰っていたので、突破するような力が得られればと思い、翻訳してみることにした。突破する力が得られたかどうか、それはわからない。この“I don’t know”は “THE HYPOCHONDRIAC”のなかによく出てくるせりふで、「キメない」「オチがない」ところがこの作家の特徴の一つのような気がする。