ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ29】

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ29】

 二人でジミーのうわさ話をしているところへ、ジミーが戻ってきた。彼はピアニストになるために猛練習していて、南部では公民権運動に参加して逮捕されたこともあった。身近にアーサーというゴスペル歌手がいるのがいい励みになっていた。ジュリアとホールは夕食をともにする約束だったので、「一緒に行くかい」と誘うと、ジミーは「お邪魔はしませんよ」と言う。二人はタクシーを拾って、ホールの知っているグリニジ・ヴィレッジのレストランに行った。ジュリアは十代の半ばまで説教師だったので、学校へ行くのが遅かった。年下の同級生にはとけ込めず、上級生からは生意気と見られて、学校をやめてしまい、メイドやウエートレスや短期の調理手伝いのような仕事を転々としていた。そこへホールが飛行機の中で見たワインの広告がきっかけとなって、インタビューの申し込みがあった。

 ジュリアの父ジョエルは行方不明になっていた。ジュリアはジョエルからレイプされて身でありながら、「どこかで一人きりで死んだなんて思うと悲しい」と気遣っていた。

 二人はシェルダン・スクエアにある別の店に移ることにした。そこに向かって歩いて行く途中、ホールは少女のころ説教壇に立ったジュリアの姿を思い浮かべていた。並んで歩いているジュリアは何を見ているのだろうか。人間は自分が過去に見たものを再現することはできない。まして、他人の目を通してとなるとなおさらである。彼がぼんやりと思い出していることを、幼い説教師であった過去の自分を清算しきれずに、新しい人生を踏み出そうとしている彼女がどう見ているかなど、どうして理解できようか。