ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳(35)DELLぺーパーバックP399~

 地図を見ると、恐怖にかられて生きた心地がしない。ヴァージニア州の北の端、ワシントン州との境、メリーランド州の斜め向かいにヴァージニア州リッチモンドがある。地図の三分の二をアラバマ州バーミンガムが占め、ミシシッピ州テネシー州ジョージア州に囲まれている。ピーナットはリッチモンドからダーハムまで3時間、さらにダーハムからノースカロライナ州シャーロットまで3時間と計算した。その通りなら、朝6時に出発すれば、シャーロットに着くのは昼ごろなので、そこで昼食をとる。そこからアトランタに向かうが、アトランタに着くころには日が暮れている。明日はアトランタ泊まりにしても、バーミングハムの公演開始には十分間に合う。次の日の夜にアトランタに戻って、今回のツアーの最後の公演がある。バーミングハムでさらに一泊しなければならないが、アトランタの公演が終わったら、ワシントン経由でニューヨークに戻る予定だった。

 だが、この全行程は地図で見るよりはずっと大変なのだ。

 まず第一に、リード夫人が「シャーロットで人種差別撤廃なんて言ってはいけませんよ」と教えてくれた。「シャーロットの白人は、自分の周りの黒人が南部で一番従順だと思い込んでいるのね。ただの思い込みで、今はそんな時代じゃないけれど、とにかく威張っていられなくなって、白人専用のお高くとまったお店もなくなっていくのが口惜しいのね、シャーロットのレストランで堂々とした黒人がお客の黒人にサービスするのを白人に見られたら、それがあなたたちの最後の晩餐になると思ったほうがいいわよ」

みんなで笑った。警官に囲まれた教会から無事に戻ってきて、リード夫妻のリビングで緊張から解放されたせいか、眠りもせず、食事もとらず、飲んでいたのだった。

ピーナットが言った。「だけど、僕はシャーロットに親戚がいて、昼食を一緒にしようと待ってるんですよ。」

 アーサーは飲み物をのどに詰まらせそうになった。ピーナットはそれを見て、にやりと笑いながら眉をひそめた。「そんなに驚くなよ。最後に会ったときよりよくなっているんだよ」

 「よく会うの?」

 「よくってわけじゃないけど」と言って、ピーナットは顔を赤くした。「時どきというかな。一緒に食事できるのを楽しみにしてくれているんだ――それに、君は今じゃスターだからね」

「夕食まではいられないことはわかってるんだね」

ピーナットは私たちみんなに言った。「ア―サーは僕のいとこたちをだれも知らないし――彼らも僕らのことを知らない。彼らにしてみれば、僕らは変な黒人さ」

リードさんが言った。「そんなこと気にしないで、食事を楽しもうよ――変な黒人のように食べればいいじゃないか。彼らもそれで納得するんじゃないか」みんなで笑った。「まあ、とにかくいとこたちがごちそうしてくれるというわけだ。ジョージア州を抜けるころは夜になっているよ。アトランタに知り合いはいないの?」

 「僕たちを呼んでくれた人だけなんです。でも明日の宿泊は頼んでいないんです」

リードさんはため息をついて夫人のほうをみた。夫人が言った。「アトランタに友だちがいたわね」

 リードさんが言った。「彼の家に空いてる部屋はないかな」

 夫人が答えた。「急すぎると思うけど、電話してみるわ。だいじょうぶよ、きっと。ちょっと待ってくださいねと」と言って彼女は立ち上がり、部屋を出て行った。