「この茫漠たる荒野で」(Netflix)★★★★+α

 何だろうなあ、この長い邦題は、原題は“News of the World”なのに。たしかに原題もパッとしないが、邦題は内容をつかんでいないばかりか、そこなっていると思う。

 主演の男優はどうもトム・ハンクスに似ているが、老けているし、まさかネットフリックスのオリジナルに出演すると思えないので、違うだろうと決めつけていたら、エンドロールにTom Hanks と出たので驚いた。そもそも私は彼の映画をあまり観ていない。「グリーンマイル」と「プライベートライアン」ぐらいで、二作とも感心しなかった。

 トム・ハンクスの役は、キッド大尉という南軍の元将校で、敗戦後すべてを失い、馬車で南部の各地を巡回しながら人を集め、数種の新聞を朗読する男である(会費は一人10セント)。

 “News of the World”はそのとおりだが、味も素っ気もないではないか。たとえばブルース・リーの「燃えよドラゴン」の原題は“Enter the Dragon”である。これは、ドラゴンという悪の組織に潜入して破壊せよという使命を帯びた男の話だから、内容に即したタイトルである。これを「燃えよドラゴン」やったのは主客転倒した邦題だが、日本ではドラゴンというのは超越的な力の象徴で、悪いイメージはないから大成功したのだ。

 話は横道にそれたが、キッド大尉が巡回の途中、一人の少女を保護する。両親を先住民に殺され、その先住民の両親も騎兵隊に殺されて孤児となったヨハンナという名の少女である。彼女が持っていたインディアン管理局の書類から、伯母がアリゾナ州カストロヴイルにいることがわかり、送り届けることになる。

 ここまで書くと、この先のストーリーはだいたい読めてしまうが、ヨハンナ役のヘレナ・ゼンケルが素晴らしい。ドイツから移住してきて、両親を殺され、カイオワ語しか話せなくなったころにまたカイオワ族の両親を殺されてしまった。今でいうPTSD(心的外傷後ストレス)でほとんど話をしないし、笑顔を見せることもない。それだけに、最後にキッド大尉の娘として朗読の助手をつとめるときの笑顔が見違えるように可愛らしくて感動する。黒沢明監督「赤ひげ」の二木てるみを思い出した。

 PCで調べてみると、彼女自身ドイツ人で、何と現在12歳である。昨年「システム・クラッシャー」という映画でドイツとイギリスの主演女優賞を獲得した。さらに「この茫漠たる――」の演技でゴールデン・グローブ賞(ハリウッド外国人映画記者協会賞)の助演女優賞の候補に上がっている。2月28日の発表が楽しみだ。

 終わりころになって、ハッと気がついた。そうか、「この茫漠たる――」は孤児になったヨハンナのことをいっているのか。相変わらず男性視点オンリーで申し訳ない。だが、それこそ茫漠として、とてもヨハンナの心情に迫っているといえない。私なら原題を生かして「世界を読む男」にしたい。