2020-06-01から1ヶ月間の記事一覧
四月も終わりに近づいた、明るいさわやかな朝、春にしては冷たい風が吹いてい た。庭には水仙が咲き、白い花をつけたりんごの枝が時たま吹きつける強い風に 揺れている。バーバラは聖レオナルド病院め産科で赤ん坊を産むころだ。こんな 状態でなければ、私は…
家に帰っていつもより遅く診察を再開したが、Mのことは何も心配していなかった。だが、妙な胸騒ぎがして、六時に聖レオナルド病院に電話をしてみた。 この時間の救急主任はだれだかわかっていた。 「トニーかい。私だよ。アラン・コリンズだ。私の患者がそ…
車を回してMのアパートに向かったのは四時十五分だった。たとえ虚報であっても、すぐ来てくれというのを断るというのは、事情を知らない者からみれば医師にあるまじき行為だから、おもしろくない結果が待ち受けているのはわかっていた。Mのアパートに着い…
冬の中ごろの夕方で、外は暗くなっていた。診察室からもれる灯りが砂利道を照らしていた。彼はとぼとぼと歩いていったが、三歩か四歩行くと、一瞬立ちどまって、私のほうを振り返った。このとき、突然私は子供のころの奇妙な、強烈な記憶を思い出した。 十ー…
安定した生活をバーバラに約束する意味で、ベイリー医師(バート大学で私のおじの教え子)が廃業、引退を考えているときだったので、彼の診療所つきの家を買った。りんごの木のある庭、私の職業的地位、教養もそのつもりだった。彼女は未知の新しい世界を開い…
「仕事が終わるとどうしてるの。週末は」 彼は何も答えず、不安そうに机を見ていた。 先生が親しげに話しかけると押し黙ってしまう生徒のようだった。 「友達はいないの。女の子は」 答なし。 「家族は」 首を横に振った。 うつろであいまいな表情だ。 これ以上追い…
そこで私は、無数の潜在的病人が自分に言い聞かせることで効果があるような荒っぽい診断を下すことにした。「そのことは忘れなさい。君はなんでもないんだ。健康なんだ」。そしてつけ加えた。「もう来ないでくれないか」。 それでも彼はまたやってきた。とん…
私は受付のスーザンに「帰っていいよ」と言い、カルテのチェックに忙しいふりをした。まだ七時前だった。一日じゅう照りつけていた太陽は低くなっていたが、赤みをおびて生き生きと輝いていた。 裏庭に面した窓から見えるりんごの木にはりんごがたわわに実り、…
その日のことは二つのことで覚えている。九月半ばの日差しの強い日だった。 すべてがすっきりとして鮮明で、 もう秋だった。 一つは、その日の朝に私は妻の妊娠を知った。妻がよこしたサンプルを私が病院に持っていった。 医師の私が妻のサンプルを病院に持って…
amazon に注文しておいた J.ボールドウィンの“Just Above My Head(頭のすぐ上に)”が1か月ぐらいたってバージニア州リッチモンドから到着した。「教えてくれ汽車はいつ出たんだ」(1968年)から10年後の小説で、これも本邦未訳である(間の1974年に「ビールスト…