ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳(43)DELLぺーパーバックP542~

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    救い主を高くかかげよ

    だれからも見えるように

  主を信ぜよ

  私が地上から上げられるとき

  私はすべての人を私のもとに引き寄せる

  とおっしゃった主の言葉を疑うことなかれ


 ハーレムで最大の教会で歌う「高くかかげよ」の練習が終わったのは、夜の7時半か8時だった。ジミーは大きく手を上げ、あくびをしながらバスルームに入った。アーサーも背伸びをし、時計を見て少し驚いた。彼は昼過ぎからずっと立ち続けで歌っていたのだ。窓から人のいない通りをながめ、煙草に火をつけて倒れるようにソファに仰向けになった。

 ジミーがビールとウイスキーを持って戻ってきた。彼はウイスキーをアーサーに渡し、床にすわると後頭部をアーサーの膝に当てた。

 彼はアーサーの吸っていた煙草をとり、自分の煙草に火をつけてからアーサーに返した。

 「調子はどう?」

 「動いているような気がする。ときどきそんな感じがして、よくわからないけど――どこだかわかっている」

 ジミーは煙草の煙吸い込んだ。「そうだね、僕もときどきそう思う」

 アーサーは起き上がって前かがみになり、飲み物を両手で持って言った。

  「心配しているわけじゃないけど、考えているんだ。ちょっと怖い気もする。だけど、以前から求めていたことなんだな」

  「君が考えているのは」とジミーは言った。「ゴスペルだけじゃなく、ほかの歌――ブルースやバラードやほかの歌も歌うということ?」

少し間をおいてアーサーは言った。「それをずっと考えていたんだ。ファンもそれを求めているし」

  「冗談じゃないよ――僕はファンと違うからね」

  「やっぱりそうか。ゴスペルは僕のふるさとだからね」

   アーサーは口ごもって言いわけのように言った。

「おいおい頼むよ。君はとっくにふるさとを離れてジプシーのようになっているじゃないか。おかげで僕も楽しき我が家を離れるはめになった」彼はアーサーのほうを振り返って笑いながら言った。

   アーサーはウイスキーをすすりながらジミーを見下ろして言った。

  「なんじら病める二匹の猫よ。二匹の黒猫よ。僕たちはファルス(ペニス)のような野蛮人であることを求められている。“What Did You in Her”(彼女のどこがよかったのか)を歌おうじゃないか」

  二人ははじけるように笑い、ジミーは話を続けた。

 「ねえ、僕は見世物に戻って見世物市場で人気を得ようっていうんじゃないよ。あんな見世物市場、動物園みたいなところで得意になっていたけど、もどっちゃいけないよ。ちょっとでいいから僕を信じてくれないか」

  彼はアーサーの膝に頬をこすりつけ、背筋を伸ばし、ビールをすすった。

 「だけど、僕たちは〈あなたに夢中〉を歌いながら抜けられたじゃないか。君はあれを僕に歌ったんじゃない――ネルソン・エディジャネット・マクドナルドが歌う歯磨きのコマーシャルじゃないんだぜ――二人はまたはじけるように笑った――〈バーで告白〉を思い出すよ。君はあそこにいるみんなにうたうことになるだろう。ちょっと聞いてくれないか」

  彼は立ち上がってピアノに向かった。〈主のおそばを歩む〉の導入部のコードが響き渡った。ソファにすわっているアーサーには、一瞬、ジミーの意図がわからなかった。次にメロディが流れ、彼はすべてを了解した。はじめはハミングで、それから〈あなたに夢中〉のエンデイングを歌った。

 

 光はもう見えないんじゃないかと思う

 夜ごとに聴くブルースが私の気持ちにぴったり