ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(32)DELLぺーパーバックP373~

ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(32)DELLぺーパーバックP373~

演奏旅行を希望しているアーサーが南部について尋ねると、ジミーは身体を乗り出して、南部の土地柄について話した。それはアーサーだけでなく、ジュリアや私にも興味深いものだった。

「まず第一に、たしかに僕と姉さんはあそこに住んでいた。だけど、生活していたとはいえないな。たまたまおばあちゃんがいたから、そこに預けられたというだけなんだ。それから、おばあちゃんのところで生まれたわけじゃないから、同じ年の子ならみんな知ってる待合室や簡易食堂の抗議活動を、僕は知らないんだよね。僕は12歳になるまで、白人専用、有色人種専用なんて看板は

見たことがなかったし、白人が臆病な偽善者だってことも知らなかった。なぜ、白人と黒人じゃないんだろうか」

彼はあまり早くまくしたてたので、息が続かなくなった。ジュリアがおだやかに言った。「落ち着きなさいな。ゆっくり食べなさい」

アーサーはにやりと笑って、ジミーの頬を軽くつついた。「いっぺんにしゃべらなくていいんだよ。言いたいことはわかるから」

アーサーが頬をつついた効果があったのか、ジミーは落ち着きを取り戻してテーブルの上のポークチョップに視線を落とした。アーサーはジミーを見ていたが、やがて自分のスペアリブを食べはじめた。ジュリアと私は一瞬目を見合わせたあと、無言でそれぞれの食事をとりはじめた――ジュークボックスだけがにぎやかだった。

ジミーを見ているアーサーを見て、私は兄と弟について考えさせられた。弟が兄を必要とするのは当然だ。この必要性が兄の役割を定めていて、兄は生涯兄という地位から下りることはできないのである――その証拠に、兄というものはいかに切実に兄であることを希求しても、いつも自分で絶望的に兄をつくりだしているのだ。兄であることは彼らの責任ではない。しかし、弟もまた生涯を通して弟のままであり、兄を探し求めるか、あるいは兄から逃れようとする。孤独そのものであること――そして不道徳そのものであること――兄としての役割は楽な役割である。品行方正にふるまうことは、矯正されることに耐えることよりやさしい。兄の要求は、それが何であれ、弟の要求であるとふれまわることによって、いつも正当化される。恋愛の対象としての弟が欲しいという弟(アーサー)の要求、その要求が禁じられていることがわかっている弟(アーサー)はどうなるのか、ジミーを見ているアーサーを見て、そんな疑問が私の胸に浮かんだ。