ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ32】

 

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ32】

ジミーは彼自身が南部で体験した黒人差別を語ったあと、南部での演奏旅行を計画しているアーサーに「これでも南部に行きたいか」と問いかけた。アーサーの答えは「そのときは君にガイドを頼みたいな」

四人が顔を合わせるのは、レッド・ルースターでのディナーが最後になった。アーサーの次の公演旅行は南部ではなく、シアトル、サンフランシスコ、ロサンゼルスなど、西部の都市となった。マネージャーとしては危険を避けたかったのだろうが、アーサーと意見の対立があったのか、ホールが次のマネージャーを引き受けることになった。

ジミーはバーミンガムを訪れたが、その直後教会の爆破事件が発生した。ピーナットとアーサーとホールがバーミンガムへ行ったのはその一年半後であり、ワシントン大行進の前だった。

ホールたちが南部へ出発する前に、ジュリアが南アフリカアビジャンへ旅立つという事件が起きた。ホールは落胆のあまり、会社は病気休暇をとり、部屋に閉じこもるようになった。壁に頭をぶつけたり、鏡の中の自分をののしったり、酒びたりになる日が続いた。

服を着ようとすると、ジュリアがどこからともなく現れて手伝ってくれる。このネクタイはだめだ。ジュリアが嫌いだった。「このシャツがあなたの肌に合ってるわよ。あら、そんな靴下をはいてどこへ行くのよ」なんて言いながら部屋を歩き回り、キッチンに入っていくときもあれば、キッチンから出てくるときもあった。

そんな毎日が続いているときに、ホールの両親が訪ねてきた。父親のポールが、ホールを連れて行きたいところがあってタクシーを待たせてあるというので、横になりたいという母親のフロレンスをおいて二人で出かけた。ホールには久しぶりの外出がうれしかった。ポールがホールを連れて行ったのはヴィレッジのバーで、若いピアニストの演奏がよかった。ポールもピアニストとして少しは名が知られていて、その若いピアニストがホールを紹介すると、席を立ってあいさつに来る客が何人もいた。父と子で談笑していると、ピアニストがポールのためにと前置きして弾き語りを始めた。こんな歌だった。

 

一緒にのもうぜ。くどい話はしないからさ。

作ってくれ、一杯は俺の彼女に、

それから、もう一杯は帰る前の俺に、

長い長い帰り道のために。

 

ポールがホールにハンカチを差し出した。ホールの目に涙がにじんでいたのだ。ポールは「おとなのお前の鼻をチンしてやるわけにはいかんからな」と言って笑った。

店が閉まったあとものんでいたので、帰りはだいぶ遅くなったが、フロレンスは起きてテレビの深夜番組を見ていた。両親が帰るとホールはベッドに崩れるように寝てしまった。フロレンスが部屋を掃除し、換気し、ゴキブリをやっつけ、歯ブラシや櫛を片付け、放り出してあった服をハンガーにかけてくれたのがわかったのは、朝、目が覚めてからだった。

両親のやさしい心遣いのおかげで、ホールはジュリアを失ったショックから立ち直ることができた。