ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」あらすじ(39)

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」あらすじ(39)

  日曜の午後、ジミーがホールの家を訪ねてきた。ホールの妻と二人の子どもは黒人だけのミュージカル「The Wiz」を観に行って留守だった。ジミーは同性の愛人アーサーとパリで暮らしていたが、そのころ、アーサーは麻薬に手を出してひどい状態だった。パリのミュージックホールで歌っていた環境も悪かったのか、コカイン、ヘロインまでやっていた。ジミーはそれをやめさせようとしていさかいになり、アーサーはロンドンへ行ってしまった。ジミーはアーサーを追いかけてロンドンへ行き、そこから一緒に合衆国へ帰国する計画をたてていた。その前にアーサーは一時帰国して、南部の公演ツアーに出ることになった。兄のホールとしてはマネジャーとしての初仕事だった。

   アーサーは黒人教会や白人大学生の一部に人気はあったが、スターというほどではなく、行く先々の公演で得る金がすべてだった。当時は、売れないゴスペル歌手ではローンもできなかった。金を工面するのがマネジャーの仕事だった。アーサーはコパカバーナやラスベガスには縁がなかったが、サンフランシスコ、オークランド、シアトル、フィラデルフィア、ニューヨーク、ニュージャージー、ボストン――さらにはバンクーバートロントモントリオールから仕事が舞い込んだ。しかし、サバンナ、タラハシーニューオリンズ、バーギンガム、メンフィスなど南部の都市での仕事は難しかった。それは、警察や監獄や足かせの鎖からアーサーを守る術を知らぬ音楽事務所が彼の将来を心配してのことであった。いったん南部に入ったら持って出るものはなく、着の身着のまま手ぶらで出るしかないというのがアーサーの意見だが、兄のホールもまったく同感だった。南部公演ツアーには、手数料ほかの諸経費、食料のほか、もしもの場合の保釈金まで考える必要があった(前出――南部では白人警官が黒人を逮捕するのに理由は要らない)。バンクーバーでの出演料はたいしたものではないが、それでも南部行きの一助にはなったのである。