ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ33】

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ33】

 アーサーの初めての南部公演ツアーは、ピーナットが車を運転し、ホールがマネジャーとして同行した。最初の公演地バージニア州リッチモンドの教会は、ごく普通の黒人教会であったが、モントゴメリーのバス・ボイコット、タスキギーの黒人に対する梅毒実験告発との連帯を表明していたため、警察の車やバイクに取り囲まれていた。三人にとって珍しい光景ではなく、アーサーは運動の支援者でありその夜の主役の一人であったから、私とピーナット、それにこの教会での公演を準備してくれたリードさんの役割は、アーサーと車の安全を確保することだった。教会の中に入ると、ちょうどコーラス・グループが歌い終わったところで、リード夫人があいさつのために登壇した。彼女はあいさつの最後を次のように締めくくった。

 「私たちは鎖につながれた同胞を救う基金を募るために、今夜ここに集まりました。すべて人間は生まれながらにして自由であることを世界に訴えるためにここに集まりました」

 次に、彼女から目撃証言者と紹介されて、小柄な白人男性が説教壇の陰から現れた。私は驚いたが、聴衆にはよく知られた人物らしかった。強い白人糾弾の演説を聞いているうちに、アーサーは本当に白人なのかなと不思議な感じがした。当時は、深い考えもなしに肌の色の境界を越え、名前まで変えて白人教会の信徒となる黒人が数えきれなかった。そんなことをしたら必ず本人が気づかぬ代償が伴うのだ。しかも、黒人が白人になることの代償は国が負うべきものである。

 次に、テネシー州のウイリアム牧師がスピーチに立った。小さな農園に生まれ育った師は、悲惨な少年時代について語り、「ブーツのうしろのつまみ革を引っ張って自らを高める(自助努力)」という白人の教えを、飢えに苦しむ農民の窮状を聞いて「パンがなければケーキを食べればいいじゃないの」と言った無知なマリー・アントワネットになぞらえて批判した。ブーツを知らない豆だらけの足の黒人には何の意味もないというのだ。そして「労働に敬意を払おう。お互いの命を、未来を、子どもたちを尊重しよう」と結んだ。