ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」あらすじ(36)

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」あらすじ(36)

 シャーロットでピーナットの親戚のもてなしを受けた三人が車に戻ってラジオのスイッチを入れると、キューバ問題のニュースを放送していた。核戦争になりそうだと国中が大騒ぎになり、だれもがキューバはフロリダからわずか90マイルであることを再認識したときだった。アトランタに入ったときは夜になっていた。アトランタの夜は黒人にとって特に危険だといわれているが、リード夫妻がくわしい地図を描いてくれたおかげで、無事その日の宿に着くことができた。次の日はアラバマ州バーギングハムでアーサーの公演を済ませて、午後またアトランタに戻った。

まだ明るいうちで、公演開始の時間までまだ間があったので、白人たちでごったがえす街に出た。とあるバーに入り、テーブルにつくとすぐ、ピーナットはジュークボックスのほうに行った。しばらくして、ずんぐりした黒人の若者がピーナットに近づいて何か話しかけた。何を話しているのか、アーサーとホールには聞こえなかったが、話し終えるとピーナットは深刻な顔でテーブルに戻ってきた。前の晩、KKKが町はずれで大集会をやり、篝火をたいて気勢を上げた。アトランタだけでなく、南部のいたるところでKKKが動き出したというのだ。KKKだけでなく、WCC(白人至上主義協会)や反共主義団体であるJBSもジェームズ・イーストランド上院議員も参加する大がかりなものだという。「すぐ宿に帰ったほうがいいんじゃないか」とピーナット。

バーを出て、ほかの店のジュークボックスからレイ・チャールスの“Don't Let's the Sun Catch You Crying”(太陽に泣き顔を見せないで)が流れてくるの聞きながら宿への道を急いでいると、三人の白人が近づいてきた。そのうちの一人がホールに言った。「おまえら、おとといの夜このまちに入ったんだな」ホールは何も言わなかったし、ほかの二人も黙っていた。しばらくしてホールは言った。「ええ、友だちを訪ねてきたんです」ホールの話しかたにニューヨークのアクセントがあるのを知った相手は嫌な顔をした。「北部の黒んぼは北部に引っ込んでりゃいいんだよ」道路の反対側の家のポーチで女性が叫んだ。「相手になっちゃだめよ。こっちにいらっしゃい。だれか助けて、助けて」

ピーナットとアーサーが倒れ、ホールも頭に一撃くらった。組み合って地面に倒れ、相手の首を絞めているところをだれかに引き離された。アーサーはピーナットに寄りかかるようにして立っていた。唇から血が流れていた。黒人たちが周囲を取り囲んだ中の一人が三人の白人に銃を向けていた。よく見ると、それは宿を提供してくれたエルキンスさんだった。三人はすごすごと彼らの車で走り去った。残った人たちの顔は「このままじゃ終わらない」という心配でくもっていた。

 宿に帰り、アーサーの傷を調べると、上唇が腫れあがって痛そうだった。公演の時間が迫っていたが、歌えそうになかった。

 「歌うのは無理だろう」とホールが言うと、アーサーは「歌うよ。支度してくれ」と答えた。「氷をもらってきてくれないか。30分ぐらい横になって冷やすよ」。

 キッチンへ行って氷を頼むと、エルキンス夫人は「今夜は外にでないほうがいいですよ」と言いながら、氷とタオルをくれた。

 ホール、アーサー、エルキンス夫妻、支援者の女性三人で今後の対策を話し合った。アーサーの傷はすぐにはよくならないが、コンサートをキャンセルして夜ニューまで車を走らせるのも危険である。教会の中のほうが安全ではないかということで、アーサーの強い意志もあって、口を大きく開けないで歌える曲を一曲ということになった。

 教会はアトランタ郊外の静かな川のほとりにあった。周囲を警官隊が取り囲み、強い光があてられていた。エルキンス夫人が事件の経緯を簡単に説明し、傷がなおりしだいコンサートをやり直すことを約束して、アーサーは“The Comforter Has Come”(救い主はきたれり)を一曲だけ歌って終了となった。帰りに教会の出口で、ピーナットが「トイレに行ってくる」というので待つことになった。ところが、いつまで待っても戻ってこない。トイレに探しに行くと、ピーナットがいつも持っている黄色いノートが落ちていたが、ピーナットはいなかった。引き上げようとしている警官に尋ねても、チューインガムを嚙みながら「知らねえな」と言うだけだった。