ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(9)DELLぺーパーバックP100

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ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」翻訳中

クリスマスイヴの前日、私は盗んだ品物を売り捌いて得た金を全部ポケットに入れ、街に出た。

 ポールとフロレンス、アーサー、大学を出て福祉の仕事をしている黒人娘のマルタのためにプレゼントを買わねばならなかった。マルタには(ルカ伝に出てくるような)マリーという妹はいないが、まさにゴスペルで<不満を言ってはいけないとマルタに告げよ>と歌われるような子だった。子どもはよく不満を言う。だから、彼女を責めることはできない。たとえば私は、彼女のようにハーレム病院の廊下で長い時間過ごしたわけではないし、血の臭い、病人が臨終を迎えたときのドタバタや、無関心という冷淡かつ残酷な、けたたましいサイレンの音に取り囲まれていたわけではないのだ。毎週土曜日の夜になると、切り離された胴体はここ、足はあちら、片方の眼はあちら、片方の眼はこちらと積み上げ、内臓はごみ缶からはみ出している。彼らは一部は麻袋に入れ、ほかはすべて放置して病院に持っていき、「口を締めろ」と言う。信じられないことだが――これが人間の仕業なのだ。そして彼らは、明け方に礼を言わずに立ち去るのだ。そう、子どもはすぐ不満を言う。そして私は彼女を責めることはできない。仕事を変えたらと彼女に言いたいが、そう簡単にやめないだろう。彼女と結婚する気がないのは自分でもわかっている。麻袋に入れられて口を締められるのが嫌なのだ。

クリスマスの当日には、私の家族とジュリアの家族が教会で一緒になるので、ジュリアとジミー、その両親にプレゼントを用意しなければならなかった。私はミラー夫妻(ジュリアの両親)が大嫌いだったので、気が重かった。だが、<シオンのトランペット>のメンバーにも何かあげるつもりだったので、ミラー夫妻にあげないわけにはいかなかった。アーサーにはプレゼントをあげることはできなかったし、結局ほかの3人のことも忘れてしまった。

私はポケットに手を突っ込んで、品定めをしながら街を歩いた。寒い日だったが、私の心は暖かかった。しかし、愛する人のために買いたいもの、ミラー夫妻にプレゼントすれば、口に出して言いたくないことを言わなくてもすみそうなものは見つからなかった。

ポールにプレゼントしたいものは見つけておいたが、売れないで残っているといいが。それは厚手のスカーフで、かれはピアノを弾いて汗をかいたまま外出するので、ちょうどいいと思ったのだ。フロレンスには、地味でどっしりした銀の円環ブレスレットを買うつもりだった。

エイミーとジョエル。私の家でのあの出来事があってから、私はエイミーのお尻や胸や足にそそられることがなくなった。彼女がまだ幼いジミーを平手打ちしたこと、泣いている彼を階段の途中で抱きしめたこと、その後ろに立ったアーサーの優しく心配そうな顔、あとでアイスクリームを買いに行ったこと。九歳で霊的体験を語るジュリアの怖い顔が忘れられないのだ。この姉と弟は、アーサーと私にとっても、今のジミーとジュリアにとっても、すべて思い出の中である。二人は、聖職にあるミラー夫妻の奇妙な子どもたちであった。私の両親は、あからさまには言わないが、父はジョエルに我慢がならなかったし、母はエイミーを軽蔑していた。福音書伝道のたびに決まってジュリアが泣き出すのは、エイミーがジュリアの背中をつねっているからだと、私にはわかっていた。あるとき、私の両親がキッチンにすわって話していて、さやえんどうの筋を取りながらフロレンスが「神に呼ばれたって?」とポールに言うのが聞こえた。「あの子は、私が呼んだって神に呼ばれたって言うわよ」。そしてエイミーかジュリアの首の骨をへし折るかのように、さやえんどうをパキッと折った。