ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(11)DELLぺーパーバックP130

 マルタはハーレム病院からそう遠くない、5番街の139に住んでいた。彼女のおばさんは西インド諸島出身の大柄な美人だが、マルタが通りを渡ってまちに出るのを見張っていた。私はいつもそんな家から彼女を誘い出していた。階段を上がるときからカリブ風バラードのビートやステップが響いていた。私は食べ過ぎたせいで、どこでもいいから毛布にくるまってひと眠りして、それからシャワーを浴びたかった。でも、マルタは踊りたがるだろう。

 ドアを開けた彼女は、身体にぴったりした白いブラウスにえんじ色のフレアスカートで、大きな銀のイヤリングをつけていた。髪を頭の上でまとめて、白いカーネーションが挿してあった。すべてがとてもよく似合っていて、赤銅色の肌は太陽を連想させた。

私は彼女が大好きだったが、怖れもあった。何か小さい越え難い溝――私の怖れ?――が愛という献身と責任から私を遠ざけていたのだ。

 彼女は私の腕の中にとび込んできて、私を抱きしめ、キスした。

 「来てくれたのね、シュガー」と彼女は言った。「イチかバチか賭けに乗った人たちが来てるわ」

 彼女は勝ち誇ったように笑い、ドアを閉めて、ベッドの上にコートが積み重なった小さい部屋に私を案内した。

 「何だよ!」と子どもっぽい声が後ろで聞こえた。「ハリー・ベラフォンテよりかっこいいじゃん」

 「そうよ、ハニー」とマルタが叫んだ。「ベラフォンテは着いたばかりだから、少し待ちなさいと言ってるわ」

 彼女は私がコートを脱ぐのを手伝ってくれて、しばらく顔の前に持って眺めていた。「素敵ねえ」と彼女は言った。「かっこいい」

 「それはパパから」と私は言って、彼女にキスした。そして、セーターをつまんで「これはママから」。私は彼女にドングリのネックレスを見せた。「これは弟からのプレゼントなんだ」

 「あとでまちへ行って、あなたへのプレゼントを買うわ」

 「君へのプレゼントはコートのポケットにあるんだ」

 彼女は生き生きした笑顔を見せながら、私の手を引いて小さい部屋を出て、広い部屋に入った。そこは色とりどりの飾りつけや音楽でにぎやかで、スパイスと香水と肉の強い香りが漂っていた。

 その部屋には見知った顔もあったが、ほとんどは知らない顔で、お互いの紹介など意味のないことであった。その部屋を通り抜けてキッチンに入ると、ごちそうを盛りつけた大皿に囲まれ、彼女自身も大皿に見えるジョセフィンおばさんがいた。彼女はごちそうのように盛り上がって、ごちそうのように見る人の目を楽しませ、輝いていた――料理の熱に耐えながら奮闘してきたことだろう。彼女は茶褐色の肌で、藤色のサテンの服を着ていた。年齢はわからなかった。彼女は少女のような笑窪をつくってにっこり笑った。髪はチャコール・ブラックでもなく、かといってグレイでもなかった。

 彼女は「あら!来たね!王子様」と大きな声を出した。王子様とは、彼女が私につけたニックネームだった。どこからこんなニックネームをつけたのかわからなかった。

 「ちょっと待って」と、彼女は手にしていた調理用具を置いて私に言った。「メリークリスマス」そして私の手を握り、額にキスした。「わお」と彼女は叫んだ。「マルタと一緒にいてあげて!マルタ、急いで支度して王子様に食事とお酒を差し上げて。わかった? 彼がしびれを切らさないうちにね!」

 「もう飲めないかもしれないです」と私は言った。「おなかもいっぱいなんです」

「馬鹿なこと言わないで」とジョセフィンおばさんは言って、グラスになみなみと西インド諸島のパンチを注いで私に持たせ、自分の持つグラスと合わせた。「それとハッピーニューイヤーね」と彼女は言った。「さあマルタ、私が酔っぱらっちゃう前に、王子様をあっちへ連れてって」

 こんな調子の彼女だったが、れっきとしたキングストンのレディであり、三人の夫に先立たれ、四人目と暮らしていた。ラム酒に酔うと、彼女はよくこう言った。「みんな私の腕に抱かれて死んだけど、かわいそうだったわ!」そして、頭をうしろにそらせて大声で笑うのだった――にがい思い出を振り切るような笑い――私にはそれしかいいようがない。