ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(21)DELLぺーパーバックP233~

(ジュリアが家に帰ると、ジョエルはYシャツのままでソファにすわっていた)

 「まだいたの?」

「お前が戻るまで待つと言ったじゃないか。このところ、俺はヒマなんだよ」

彼女はジョエルの横にハンドバッグを投げて待った。母がよくそうしていたように、腕を組んだ。そして、母がよくそうしていたように顔をまっすぐ前に向けて、何も見ずに、ゆっくり歩いた――母親そっくりであった。

<私は14歳。アフリカの女の子だったら、もう結婚している年なのに>と彼女は思った。彼女は父のほうを見た。

彼女は弟のジミーを思った。

「待っててなんて頼んでないわ。待っててほしくなかったし。なんで待ってたのよ

「お前がすべてなんだよ」

日曜の夜だった。いつもは父は家にいない時間だった。でかけて女を拾って、帰ってこなければいいと思っていた。以前の父は、でかけて酔っぱらって帰ってきた。そして、彼女のベッドに倒れ込んで酒臭い息を吐きつけた。彼の熱い涙が彼女にも伝わった。彼女は恐怖におののきながら父の愛撫に耐えていたが、海の底でもがくように感じながら、逃れることができなくなってしまった。麻薬漬けのような毎日だった。自由になりたいと心から思っても、行くところがなかった。

「私がすべてだなんて」と彼女は言った。「パパもずいぶん気の毒な人ね。私は何もないのに」

「だけど、お前はこれからもっと稼げる地位にいるじゃないか。ここにじっとして潰されてしまうつもりかい」

 彼女は学校が終わると床掃除のアルバイトをやって、なけなしの給料をすべてすべて父に渡していた。彼は大事にしていたカフスボタンを質入れしなければならなかった。彼女は早く家を出なければと思いながら、何もかもぼろぼろに崩れ、消え去ってゆくのをじっとすわって見ていたのだ。

「いやよ」と彼女は言った。

 その彼女からのプレゼントだったので、彼は質入れしたくなかったし、彼女もつらい思いをした。彼女は彼に抵抗しなかった。以前の父のままでいてほしかったことと、何度も殴られたためだった。家を出るべきだったが、彼女は待った。彼女は抵抗はしなかったが、復讐のときを待っていたのだった。彼の愛撫が恐怖を打ち消してくれればいいと願ったこともあった。

「それじゃ、どうするんだ」

「少し時間をちょうだい」

「時間をくれ?世の中そんなことで待っちゃくれないぞ」

彼女はニューオリンズへ行きたかったが、物乞いには行けない。ジミーに何かを、ジミーが信頼してくれるような何かを持っていかねばならなかった。

 彼は彼女の涙をぬぐってなだめすかし、血を拭いた――彼女は自分の血を見たときは叫び声を上げた。彼女は家から走り出そうとしたが、震えおののき、泣き叫ぶばかりで、股間の衝撃のために動くことができなかった。彼女が叫ぶのをやめたのは、だれかが聞きつけて警察を呼ぶようなことになったら、父の身が心配だったからだ。それで二人は共犯になった。