ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(23)DELLぺーパーバックP261~

ジェームズ・ボールドウイン「頭のすぐ上に」抄訳(23)DELLぺーパーバックP261~

 怖ろしい夢、仕事で飛び回る身体の痛み、心の底にわだかまる悲しみに耐える日が続いた。唯一の友を失ったアーサーには、友だちをつくるという考えはなかった。周囲の人びとは、まるで望遠鏡を逆に覗いているように遠のいてしまった。彼らの言葉―音響―は、何の意味もなく虚空を旋回し、彼には届かなかった。街の中を一人で走り回り、肉体的エネルギーだけが必要とされるメッセンジャーの仕事が彼は好きだった。

 仕事が終わると、彼は映画館の暗がりで、映像と音楽に身をまかせた。クランチと一緒にいるときは、彼の歌やしぐさや抱擁であらゆる瞬間に生き返っていたアーサーは、しまいには気が狂って、泣き叫びながら精神病院に送られるのではないかと怖れるときもあった。クランチも私もそんなことは望んでいなかった。結局のところ、私たちも苦しんでいたのであり、私たちにはアーサーが信仰をもち続けることを期待する権利があった。そして、そのような瞬間瞬間に、彼は愛する人や兄を裏切り、我々を生に結びつけている絆を切るのではないかとも感じていた。ほんの一瞬でも彼がくじけるようなことがあったら、地球の裏側のどこかで、だれかの愛が失われ、我々に堕落がもたらされることを知るだろう。そんなとき、彼は肩をすくめ――宇宙の重さに耐えるのは容易なことではない――映画を観続けるか、立ち上がって外に出るか、家に帰ってピアノに向かうのだった。

 だが、時には、涙をぬぐおうともせず映画館の中にすわり続けることもあった。