ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ25】

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」 【あらすじ25】

 ジョエルとジュリア親子の窮状を救うには、クランチの帰りを待つしかないというところで話を切り上げ、アーサー、ホール、ピーナットの三人で<ヨルダンの猫>へシドニーを訪ねることにした。シドニーへのおみやげは、どっしりした真鍮製の赤目の蛇の指輪だった。<ヨルダンの猫>からマルタに電話して会うつもりだったが、おみやげに買った緑のシルクの着物は、ケースが大きいので、別の機会に渡そうと思って、家に置いてきた。マルタが来たときに、二人だけで別の店に移って話をした。ホールにはつらい結果が待っていた。

 マルタはホールを介してシドニーを知っていたが、ホールが朝鮮にわたってからは会うこともなかった。ジュリアがマルタの病院に入院したので、容態の報告のためにフロレンスと会っているうちに、それと知らずにたまたま入った店が<ヨルダンの猫>だった。二人とも、外出していたシドニーが戻ってきたときに初めて気がついたくらいだった。

 それから二人は、映画に行ったり、コンサートに行ったり、<ヨルダンの猫>で飲んだりしたが、お互いに指一本触れてないというのだった。ただ、シドニーはマルタを必要とし、彼女がカウンターの端にすわっているだけで、シドニーは喜んでくれるという。「あなたが私と結婚しないのは朝鮮戦争のためばかりじゃないわね」と斬り込んでくる彼女に、ホールは返す言葉もなかった。

 マルタの話には、もう一つホールを驚かせることがあった。それは、シドニーの弟が殺人罪で服役中ということだった。その弟はイスラム教団<アラーの使い>に所属していて、シドニーも人生観が変わるほどの影響を受けている。マルタもシドニーと結婚したら、勉強して協力したいという。

 話が終わって二人がシドニーの店に戻ったとき、ホールはシドニーに「何か言いたいことがあるんじゃないか」と言った。「そうなんだよ」と屈託のない笑いを浮かべて答えるシドニー。二人は翌日会う約束をした。これが、戦地から帰ったホールの第一日目だった。

 翌日、晩秋のよく晴れた午後遅く、110番街のレノックス・アベニューで待ち合わせた二人は、シドニーの顔なじみのバーに入った。