ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳(41)DELLぺーパーバックP524~ (終了まで35ぺージ)

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳(41)DELLぺーパーバックP524~

(終了まで35ぺージ)

(カーネギーホール正面の階段で待ち合わせたジュリアとホールは二年ぶりの再会を果たし、近くのロシア料理の店に入った)

 「私はアビジャンというまちにいたの。現地の人はシティと呼んでいたわ。アフリカの西海岸にあるけど、アフリカの中のまちというよりは、アビジャンの中にアフリカがあって、まち全体が暴走しそうだった」彼女は私の顔を見て笑いながら言った。「まったく私も頭がおかしくなりそうだった」

「どうもよくわからないな」私言葉を選んで言った。「そんなところで何をしていたのか――なぜ、そんなところへ行ったのか」

 彼女は視線を落とし、私の煙草を一本抜き取って火をつけた。「あなたに問うことができないことをアフリカに問いかけた――と言うとかっこつけ過ぎかもしれないけれど、正直なところなのね」彼女は再び視線を落として言った。「あなたは過去の人じゃないから」

 「認めるよ。だけど、君は僕を捨てて行ったんじゃないか」彼女はまっすぐに私を見た。「あのころの事情をいろいろ考えてみると、君は僕を失うことはできないよ」

 「真実を語るのは難しいわ。一つにはあなたはそれを知らない。それにあなたは怖れている」

 「君がそれを知ることを怖れている――?」

 なぜそんなことを言ったのかかわない。彼女の顔を見ていたら、言葉が口をついて出た。たぶん私は自分の心を読んでいたのだ。

 ウエイトレスがブラディ・マリーを二つ持ってきた。私たちは食事を頼んだ。

 ジュリアがグラスを上げ、私もグラスを上げ、互いに会釈をした。

 「ブラディ・マリーの名の由来を知ってる?」と彼女が尋ねた。「ブラディ・バージニア、ブラディ・ジュリアじゃなくて」二人で笑った。

 そのロシア料理の店はちょうど客が少なくてよかったが、そうでなかったら、大声で笑う二人は追い出されていたかもしれない。

 「さあ、知らないなあ。どうでもいいよ」

「ということは、知ってるのね」彼女はブラディ・マリーをなめるように飲んだ。「私がティムブクで勉強したのもそのことなの」彼女は煙草を口から離した。「今までだれもアフリカを発見しなかったのはそのせいだわ

彼女は新しい煙草をケースから取り出した。とても若く、疲れているように見えた。私はライターで彼女の煙草に火をつけた。周囲がわずかに明るくなった。彼女は吸うために煙草を口にくわえたのではないと思ったが、煙を吸い込み、私の頭の上に静かに吐き出した。

永遠に無情に結ばれているのに、決して私のもとにとどまろうとしない美しい女性をながめるのは驚くべきことだ。石にも鋼にも屈しない傷つきやすさがあると思い知らされるのは衝撃的なことだ。