ジェームス・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳(3)DELLベーパーバツクP35
「お父さん、話したいことがあるんだ」トニーがこれを言う一瞬前に、彼が長い間求めつづけ、私が逃げつづけたときがきたと理解した。私はオンザロックのウイスキーをすすって言った。「いいよ」。
トニーは彼の大きな手に目をやり、しゃがんで大きな足を抱えた。私は成長した息子に抑えようのない愛情がこみあげてくるのを感じた。
ちょうどこのとき、キッチンのほうで物音がしたので、彼は大人びた表情で私を見て言った。「ちょっと外で話そうよ」
二人でドアに向かって歩きながら、私は「トニーと僕は庭を散歩してくるよ」と大きな声で知らせて外に出た。焼肉とスパイスの香りが漂ってきて、雨上がりの大地の匂いがした。二人とも何も言わずに前庭に出た。レンガの階段を越え,車のところで互いに向き合った。
「アーサーおじさんって、どんな人だったの?」
「あらたまって何だね。知ってるじゃないか」
「僕はまだ小さかったんだ。何も知らないよ」
「何を聞きたいんだ?」
「学校の友達がおじさんのことを話すんだ」
私はウイスキーを持ってくればよかったと思った。
「何て言ってる?」
「おじさんのこと、ゲイだって言ってる」
トニーはまっすぐに私を見た。どこかで犬が吠えたようだ。金切り声で子供を呼ぶ女の声が聞こえた。まるで無限の世界に突入するような猛スピードで車が走っていった。
「そうか――アーサーおじさんのことでいろいろ聞かされているわけだ」
「それでお父さんに聞きたいんだよ」
「おじさんは――大勢の人に――」
「そんなことじゃないんだ」
「わかった。アーサーおじさんは私の弟だ。いいね。私はおじさんを愛していた。わかるね。彼はとても――孤独――だった。彼は人とは違った生き方をしていた。彼はとても偉い歌手だったからね」
トニーは私から目をそらさなかった。
「多くの男が彼――アーサーおじさん――を愛した。こう言ってよければ、愛してると思い込んでいた。お前のおじさん――アーサー――を愛した男を二人知っている」
「そのうちの一人がジミーなんだね」グサリときた。
「ジュリアの弟かね」
「そうだよ」
南無三。「そうだ」