2020-01-01から1年間の記事一覧

ミッドウェー海戦と山本五十六

ミッドウエー海戦――アジア・太平洋戦争に関心のある者は、大日本帝国海軍がアメリカ太平洋艦隊に大敗した海戦として記憶していることだろう。しかし、記憶に留めておくだけでなく、この海戦が行われた日付が日米開戦のわずか半年後であることに注意を向けて…

ジェームズ・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳(2)DELLぺーパーバツクP24] すさまじい雷鳴が頭の中で轟いて目がさめた。漆喰塗りの天井の、重い、塗装のない剝き出しの梁が、私を押し潰すように私の頭のすぐ上、2インチもないところに迫っていた。叫び声を…

ジェームス・ボールドウィン「頭のすぐ上に」【あらすじ―2】

「私」の名はホール・モンタナ。カリフォルニア生まれだが、父親のポールがニューヨークに移住したため、そこで生まれた弟アーサーとともにニューヨーク育ちである。ポールは数年前に死に、母親のフローレンスは現在、夫ポールとの出会いの地ニューオリンズ…

ジェームス・ボールドウィン「頭のすぐ上に」抄訳とあらすじ

(1)冒頭部分 初めは鼻から、次に首の静脈から血がほとばしった。口からも血が噴き出し、目に飛び散ってアーサーの視界を遮った。そして彼は倒れた、倒れた、倒れた、倒れた、倒れた(*)。 (*) 原著にdown, down, ……と5回書いてある。 【あらすじ―1】 アーサー…

DVD「荒野の誓い」★★★★

ウエス・スチューデイは、彼自身北米先住民の血を引く俳優で、「モヒカン族の最後」「ダンス・ウイズ・ウルブス」に出ていた。「ジェロニモ」では、主人公のジェロニモを演じた。「ヒート」では、アル・パチーノの同僚の刑事役もよかった。怪獣に足から飲み…

訳者あとがき

十年ほど前に朝日新聞の書評欄に柴田元幸氏の「むずかしい恋」が紹介されていたのを、図書館で借りて読んだ。翻訳短篇小説集だったが、特にグレアム・スイフトの「ホテル」の、父娘の「むずかしい恋」という意表をつく展開が、翻訳の力もあるだろうが、おも…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」最終回

四月も終わりに近づいた、明るいさわやかな朝、春にしては冷たい風が吹いてい た。庭には水仙が咲き、白い花をつけたりんごの枝が時たま吹きつける強い風に 揺れている。バーバラは聖レオナルド病院め産科で赤ん坊を産むころだ。こんな 状態でなければ、私は…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」8

家に帰っていつもより遅く診察を再開したが、Mのことは何も心配していなかった。だが、妙な胸騒ぎがして、六時に聖レオナルド病院に電話をしてみた。 この時間の救急主任はだれだかわかっていた。 「トニーかい。私だよ。アラン・コリンズだ。私の患者がそ…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」7

車を回してMのアパートに向かったのは四時十五分だった。たとえ虚報であっても、すぐ来てくれというのを断るというのは、事情を知らない者からみれば医師にあるまじき行為だから、おもしろくない結果が待ち受けているのはわかっていた。Mのアパートに着い…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」6

冬の中ごろの夕方で、外は暗くなっていた。診察室からもれる灯りが砂利道を照らしていた。彼はとぼとぼと歩いていったが、三歩か四歩行くと、一瞬立ちどまって、私のほうを振り返った。このとき、突然私は子供のころの奇妙な、強烈な記憶を思い出した。 十ー…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」5

安定した生活をバーバラに約束する意味で、ベイリー医師(バート大学で私のおじの教え子)が廃業、引退を考えているときだったので、彼の診療所つきの家を買った。りんごの木のある庭、私の職業的地位、教養もそのつもりだった。彼女は未知の新しい世界を開い…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」4

「仕事が終わるとどうしてるの。週末は」 彼は何も答えず、不安そうに机を見ていた。 先生が親しげに話しかけると押し黙ってしまう生徒のようだった。 「友達はいないの。女の子は」 答なし。 「家族は」 首を横に振った。 うつろであいまいな表情だ。 これ以上追い…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」3

そこで私は、無数の潜在的病人が自分に言い聞かせることで効果があるような荒っぽい診断を下すことにした。「そのことは忘れなさい。君はなんでもないんだ。健康なんだ」。そしてつけ加えた。「もう来ないでくれないか」。 それでも彼はまたやってきた。とん…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」2

私は受付のスーザンに「帰っていいよ」と言い、カルテのチェックに忙しいふりをした。まだ七時前だった。一日じゅう照りつけていた太陽は低くなっていたが、赤みをおびて生き生きと輝いていた。 裏庭に面した窓から見えるりんごの木にはりんごがたわわに実り、…

翻訳小説 グレアム・スイフト「ヒポコンデリア」1 

その日のことは二つのことで覚えている。九月半ばの日差しの強い日だった。 すべてがすっきりとして鮮明で、 もう秋だった。 一つは、その日の朝に私は妻の妊娠を知った。妻がよこしたサンプルを私が病院に持っていった。 医師の私が妻のサンプルを病院に持って…

“Just Above My Head” 到着

amazon に注文しておいた J.ボールドウィンの“Just Above My Head(頭のすぐ上に)”が1か月ぐらいたってバージニア州リッチモンドから到着した。「教えてくれ汽車はいつ出たんだ」(1968年)から10年後の小説で、これも本邦未訳である(間の1974年に「ビールスト…

英語歌詞雑感

英語の歌詞に限らず、外国語の歌は、歌詞の内容がわかると「え!?」というような面白い発見がある。たとえば、チャック・ベリーの歌でジョニー・リバースが歌って大ヒットした‘Memphis Tennessee’だが、Long distance information, ではじまる。これは長距離…

ピンホールの向こう側

四年前の父逝去を挟んで田舎へ往来する機会が増えて、その途次、みちのくの小京都と自己PRする角館発で、山間を縫いながら秋田内陸部を北へ縦貫するローカル線をいつも利用する。 列車は角館を出ると、やがて通過に六分以上かかる長いトンネルに入り、山ひ…

追悼 石渡幹夫【Ⅴ】二町谷の思い出

私が子供の頃、かなり幼い頃から、母の実家である通称二町谷の家によく行っていました。私が、通っていた幼稚園のすぐ近くにあるその家は、大きな桜の木と、当時は、珍しい、木で出来たベランダ(今で言うなら、ウッドデッキ)がありここからは、富士山や海が…

追悼 石渡幹夫【Ⅳ】弟へのレクイエム

弟よ、さようなら。 私達二町谷の子供等は、夏休みには猫島の猫耳の見える二町谷の浜で、それこそ毎日のように遊んだものだったよね。その頃の3時のおやつはさつまいものふかしたもの、もぎたてのトマト、そうそう、それから黄色いまくわうりだったね。 姉…

追悼 石渡幹夫【Ⅲ】コーネル・ウールリッチ

コーネル・ウールリッチの名は知っていた。ただし、一冊も本を読んでいないので、推理小説ファンの兄が口にしていたのを聞いて覚えたのだと思う。 一昨年の5月ごろだったと思うが、朝日新聞の日曜版に「コーネル・ウールリッチの生涯」、上・下合わせて945…

追悼 石渡幹夫【Ⅱ】エデンの東

私の辞書に載っていない英単語の意味を調べに浦和の県立図書館へ行ったとき、ふと書架の ”East of Eden” が目にとまった。そのペーパーバックを手に取ってみると、かなり部厚い。映画「エデンの東」しか知らなかったので、意外な感じがした。ページを繰って…

追悼 石渡幹夫【Ⅰ(目次)】

~追 悼~ 石 渡 幹 夫 エデンの東……石渡正人 コーネル・ウールリッチ……石渡正人 弟へのレクイエム……坂岸節子 二町谷の思い出……下里みの子 ピンホールの向こう側……伊東忠夫

梶井基次郎

病人の妄想といってしまえばそれまでだが、病める者の特異な感性が、「自己の中の他者」という二十世紀最大のテーマと交錯したときに、梶井基次郎の文学は発生した。 魚屋が咳いている。可哀想だなあと思う。ついでに、私の咳がやはりこん な風に聞こえるの…

短篇小説 ユウキャンネバーキャプチャリットゲイン

「わっ、すっご~い、これ」という声がうしろのほうで聞えた。振り返ると、若い女性が小さな陶芸の作品群に見入っていた。 粘土を適度な硬さに溶いて、スポイトのようなものでたらしながら積み重ね、焼いたもののようだ。私もついさっきそれを見て、作者の精…

恋人と別れるときに贈る音楽(ポピュラー編)

ベン・E・キング「Seven Letters」月曜、一人ぼっちになってしまって悲しい。火曜、僕が愛したのは君だけだ。もうだれも愛せない。水曜、お願いだ。戻っておくれ。~日曜、これが最後の手紙、もう書けない…… ベン・E・キング「Don't Play It No More」 その…

恋人と別れるときに贈る音楽(クラシック編)

①マスカーニ「カバレリア・ルスティカーナ」間奏曲 ②マスネ「タイスの瞑想曲」 ③ハイドン「セレナーデ」 ④ラフマニノフ「パガニーニの主題による狂詩曲第18変奏」 ⑤モーツアルト「バイオリン協奏曲 (K216)第2楽章」 ⑥ベルリオーズ「幻想交響曲」第2楽章ワルツ。 ⑦シ…

彼女たちは何を歌ったか―黒人女性歌手の嘆き、呻き、叫び

Billie Holiday「Strange Fruit 」Southern trees bear strange fruit. 南部の木には奇妙な実がなる。 strange fruit とは、リンチで吊るされた黒人の死体のこと。 Nina Simone 「Don't Explain」 久しぶりに帰ってきた男に「言い訳しなくていいのよ。襟の口…

梶井基次郎「夕凪橋の狸」

梶井基次郎の作品で、「檸檬」「櫻の木の下には」「城のある町にて」など、代表作とされる作品とはだいぶ趣が違うが、以前から気になっている作品がある。彼の作品にしてはめずらしく物語性に富んでいて、完成度は高いのに、欠けている部分があるため習作と…

James Baldwin ‘How Long The Train's Been Gone’「教えてくれ汽車はいつ出たんだ」全訳完了記念